和名 ホクリクムヨウラン 北陸無葉蘭
北陸地方(富山県)で発見されたことによる。
学名 Lecanorchis japonica Blume var. hokurikuensis (Masam.) T.Hashim.
ムヨウランとの関係でいえば、別種とする説と変種とする説がある。ここでは、変種とする説を採った。
分布 本州(東北地方以南)、四国、九州、琉球列島。
生態と形態 常緑広葉樹の林床に生える。菌寄生植物で、まったく葉緑素を待たない。
花期のは高さは、20〜40cmで、ムヨウランとほぼ同じ大きさである。
花茎の上部に、3〜8個の花がやや集まってつく(ムヨウランはまばら)。 花は、下向きになり、ほとんど開かないが、まれに1〜2個斜開する(ムヨウランのように、すべての花が一斉に平開することはない)。
花期 5〜6月
参考文献・サイト
日本産ムヨウラン属の検討(橋本保 1990) =ムヨウランの変種とする説
愛知県のムヨウラン類(芹沢俊介 2005) =別種とする説

参考書: 日本のラン ハンドブック @ 低地・低山編、 カラー版 野生ラン(家の光協会出版)


2012/6/6

 照葉樹林に、ホクリクムヨウランと思われる株が4、5株あった。
 このランは、花は開かないのが特徴の一つで、一株だけ、わずかに開いた花を1つつけていた。

わずかに開いた花も下向きに垂れている。

下から見上げる様にしないと、唇弁など花の中を見ることができない。


2012/6/6

数メートル離れた場所にあった、この株は一輪も開いていなかった。

ムヨウランとホクリクムヨウランとの比較

 ある山でたくさんのムヨウラン類に出会ったとします。「こちらはウスキムヨウランで、あちらはムヨウラン」という具合に、両者の区別は迷うことはありません。
 が、「これは、ホクリクムヨウランじゃないか?」と誰かが言い出すと、話はややこしくなります。側に、詳しい方がいれば一件落着ですが、そうでなければ、家に帰って参考書を調べて、再度、山へ登ることになります。
 そんな場合に、役立つのが論文「愛知県のムヨウラン類」(芹沢俊介 2005) です。 その中から、ムヨウランとホクリクムヨウランに関する部分を参考に作成したのが下の表です。

  この論文は、愛知県版レッドデータブックを作る際に集められた多くの標本と現地調査をもとにして書かれたものです。
 個体のもつ特異性に注意を払って、それぞれの種に共通する形質が書かれていると思います。
 また、この研究の結果として、ムヨウランとホクリクムヨウランとは、種の階級で区別されるべきである、としています。

ムヨウラン ホクリクムヨウラン
地上茎 高さは20-50cm
淡黄褐色
高さは25-40cm
淡褐色
花期 5-6月 5-6月
花序 ややまばらに
4-10個の花をつけ、
長さ6-15cm
やや集まって
4-8個の花をつけ、
長さ2-10cm
花の色 通常、淡褐色
紫色や緑色を帯びることも
紫褐色
花の開き具合 斜〜平開する。 筒状でほとんど開かない。
萼片と
側花弁
長さ17-25mm、
ほぼ同形
長さ16-22mm、
側花弁の幅がやや広い。
唇弁 長さ15-20mm 長さ15-18mm
蕊柱 側部に小突起はない注1 通常、側部に小突起があるが、
目立たないこともある。注1
 判別のポイント(ホクリクムヨウランの特徴)
@ 花が平開しない。
A 花はやや大きく、基部が太く、通常より紫色を帯びる。
B 通常、蕊柱の側部に小突起がある。
C 花が茎の上部に集まってつき、花序が短い。
D 子房は広い角度で開出し、花が下向きにつく。
E 茎は黄色味が少ない。
(花が開いていないムヨウランとの区別は、A〜Eの特徴の組み合わせで可能)
なお、子房にできる小突起は、虫の食痕にすぎないという話もあり、少なくても種の識別には使えない。注2
注1 蕊柱の突起:  ウスキムヨウランおよびキイムヨウランでは、柱頭部付近の両側に比較的大きな突起物を有するが、 キイムヨウラン類似の突起がムヨウランやホクリクムヨウランにおいても、しばしば観察され、その大きさや数に変異が認められる
注2 萼片、子房、花柄、果実の突起:  ホクリクムヨウランでは、果実に多数の大小、種々な形状の突起が認められるが、 これは花蕾の時に子房や花柄に認められる微小突起が果実の生育につれて肥大したもので、花茎と同様、 ムヨウランやウスキムヨウランなどでも、しばしば観察される。この果実の突起、およびアワムヨウラン以外の種の花茎の突起、 あるいは花蕾の萼片に見られる小突起は、アリマキやアオバハゴロモの幼虫など、昆虫の吻による外傷、 あるいは花茎が地表に抽出する際に生じる外傷などにより誘発されるもので、微針による人為的な傷によっても容易に誘発させ得る。 それはホクリクムヨウランで特に顕著である。

ムヨウラン属の一分類形質としての突起について(澤完 1980)から



(以下、私見)

花の開き具合(判別のポイント@)
ムヨウラン(左)とホクリクムヨウラン(右) ムヨウラン(左)とホクリクムヨウラン(右)  花が、ムヨウランは「平開する」のに対して、ホクリクムヨウランは「平開しない」---これが、両者を区別する第一のポイントです。
 ムヨウランについて別の箇所では、「斜〜平開する」とも書かれています。 私がこれまで数年、数箇所で撮ったムヨウランの花を見ると、「平開」よりも「斜開」に近いように見えます。また、ムヨウランは、1つの花茎についた花がすべて咲いている、つまり「咲き揃う」のが普通の姿です。
  これに対して、ホクリクムヨウランは、ほとんど開くことがありません。まれに、数輪ある内の1つが、わずかに開いていることがありますが、 ムヨウランのように、全部の花が咲き揃うことはない、といえます。
 しかし、開花前のムヨウランあるいは花が萎んだムヨウランがあれば、ホクリクムヨウランとの区別はややこしくなります。

蕊柱側部の小突起(判別のポイントB)
上の2つはホクリクムヨウラン、下の端はムヨウラン 上の2つはホクリクムヨウラン、下の端はムヨウラン  論文は、蕊柱側部の小突起について、ムヨウランは「ない」が、ホクリクムヨウランは「通常、あるが、ほとんど目立たないこともある」としています。  なお、日本産ムヨウラン属の検討(橋本保 1990)に載っている図でも、このことを裏付けるように、ムヨウランには小突起はなく、ホクリクムヨウランにはあります。
 しかし、私がこれまで見た明らかにムヨウランの特徴を備えているものには、蕊柱側部の小突起が見られます。 この株は、花が咲き揃っていましたから、「蕊柱側部の小突起があるからホクリクムヨウランだ」とすると矛盾することになります。
 ムヨウラン類の蕊柱は、地域的な変化があって、小さな差異をもって絶対的な基準とすることはできない場合がある、と言っても良いと思います。

子房の開出の角度(判別のポイントD)
 論文には、「子房は花時に広い角度で開出し、花が下向きにつく」と書かれています。
 つまり、1つの花茎に数個の花がつきますが、ここの花の花柄子房と花茎との角度が広いこと指しています。
 花がぶら下がるように、下向きになるのは、その結果ともいえます。ムヨウランの開花した花も、やや下向きになる傾向がありますが、 ホクリクムヨウランほどではありません。
 また、両者の写真を見比べると、 ホクリクムヨウランの花柄子房は、ムヨウランよりも平均的に長いように感じられますが、 この点は実際に計測してみる必要がありそうです。
子房にできる小突起
 論文には、「しばしば本種の識別形質とされる子房の小突起は、虫の食痕にすぎないという話もあり、 少なくとも種の識別には使えるような形質ではない」と書かれています。
 多くのムヨウラン類に、子房だけでなく、花被や花茎に微細な突起が見られることがありますから、 ホクリクムヨウランに限ったことではないように思われます。
 なお、私が今回撮ったホクリクムヨウランでは、子房の小突起は確認できませんが、花被片には突起らしいものが見られました。

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