拝殿正面

拝殿正面の額


 拝殿の正面上に二つの額が掲げられています。右の額には大元神社と須賀神社が、左には山祇神社が刻まれています。 香北町史(松本実編集1968年発行)にも大元神社には「素蓋鳴命を合祭」している旨書かれていますが、 「大元神社」の左に書かれている「須賀神社」はこの表れでしょう。
 「山祇神社」の方はもっと後年になってから合祭されたのではないかと思います。 香北町史に谷相部落にある神社の一つに山神社の名がでているのが、これに当たるのかもしれません。 山神社は「祭神山祇命。山祇神社三社、竈神社を合祭」と説明されています。

拝殿の左右に狛犬の木彫が置かれています。

本殿

大元神社 谷相の大元に鎮座。祭神未詳。素蓋鳴命を合せ祭ってある。もと姥神といったが、 何時の頃よりか大元神社と改めた。姥神の勧請来歴は明らかでないが、昔から氏神として祭ってきた。 戦国の頃当地の城主谷相勘解由兵衛が長宗我部元親にしたがって讃岐に出陣の際道端の石に向かって 「此の度の戦に存念をとげさせて下さったら、故郷へ取って帰って天王とあがめて氏神の左脇にいっき祭る」と祈願をこめたところ、 見事勝利を得たので祈願通り背負って帰り、姥神と並べ氏神として祭って来たと伝えられている。 寛文十二年と宝永五年の棟札に社殿改築の次第がみえ、尚年月はわからないが鏡五面が奉納された。


山神社 祭神 山祇命。所在地 程内(古屋ともいう)。 旧村社。山祇神社三社、竈神社を合祭。寛文十二年、宝永五年の棟札がある。 香北町史(松本実編集1968年発行)より

国土地理院発行2.5万分の1地形図「奈呂」より。
書き込みの位置は正確でない場合があります。

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