2003/9/23 撮影 宝珠寺のある吉野は、国道195号の南側の山手にある大きな集落です。 その人家からは少し登った山腹にありますが、高知市方面から車で来る方は、国道から「青少年の家」の標識を見てそこを右に入ると良い。

 「本尊 延命地蔵菩薩、脇仏 毘沙門天王、脇仏 不動明王」となっていますが、普段は拝むことはできません。

梵鐘は最近作られたもので、随時撞くことができます。

2003/10/6 撮影国鉄バス遭遇者供養塔。宝珠寺の住職が事故現場に建立。

 吉野寺の丸にある。初めは光徳寺といったが、明和年間に光明山地蔵院宝珠寺と改めた。真言宗新義派で五台山竹林寺の末。本尊は地蔵仏。 もとは西の坊という所にあったが、明暦元年に今の地に寺を建立した。
(中略)
 明治四年住職の願いにより一旦廃寺となったが、 檀徒等協議の上再興を願い出て十二年十月二十五日に許可されて今日に至っている。  現住職松高竜海師は仏事供養のほか社会教化にも献身的な努力を続けているが、後世にのこる大事業は何といっても橋川野筧の境外仏の造立であろう。  昭和二十五年十一月七日国鉄バス転落の大惨事は一瞬にして三十四名の尊い生命をうばった。 師は遭遇者の冥福と交通の安全を発願し、二年有余か月の間東奔西走して浄財三十五万円を集め、遭難現場約三畝歩の土地を買収し、 ここに十三尺の供養塔を建立して犠牲者三十四名の氏名を刻み、又これと並んで京都六波羅密寺の国宝地蔵尊をモデルにした青銅の地蔵菩薩を建立した。 (以下略 香北町史(松本実編集1968年発行)より

国土地理院発行2.5万分の1地形図「美良布」より。
書き込みの位置は正確でない場合があります。

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